2011年07月26日

【大江健三郎全小説を読む】「青年の汚名」(1)政治小説の構図

この長篇小説は、小説的には失敗作の部類に入るのかもしれないが、
海域を舞台とした政治小説(わたしの言い方を使えば「海域文学」)
としては興味深いひとつの問題作である。





舞台は稚内の先の荒若島という離島(礼文島をモデルにしている
と思われる)。この島は本土(北海道)とソ連領海との境界地帯の
ような場所にある。

かつては鰊漁で繁栄した漁村も、今は、ここ数年の不漁のため
危機的な状況にある。

事態を重くみた道庁は、島の経済を従来の鰊漁依存から遠海漁業と
観光産業の振興へと改革するよう提言する。

だが、島の支配者「鶴屋老人」は頑強にそれを拒絶する。そして、
本来は各人が独立自営だった漁民を自らの経済力で保護下に置き
荒若島の改革を阻み続ける。

島の青年会は遠海漁業への転換を画策し、鶴屋老人に権力闘争を
挑む。その際、青年会が唯一の武器とするのが「荒若様」と呼ば
れる一人の若者だ。





荒若とは毎年冬の初めに島の子供たちの中から一人だけ選ばれた
少年を指す。

彼は「荒若島民の精進潔斎を象徴する」存在として春の鰊の大群の
到来まで、家族と離れ、燈台岬の神屋で暮らし、その日常生活は
島民の奉仕と監視のうちに行われる。

少年は島民から崇められ生活は保障されるが、荒若としての掟を
遵守し、その名誉を汚してはならない。

青年会は荒若のこの宗教的精神的な権威を前面に押し立てることで
鶴屋老人の世俗的な権力を押さえつけようとしたのだ。





だが、青年会が利用しようとする荒若は、荒若となってもう6年
にもなる。

荒若の任期は鰊が到来するまでであるから、この間の不漁続きが
一人の少年を荒若のままで青年へと変えたのである。

荒若青年は荒若である状態から解放されたいと願い島を脱出する
ことを夢見ている。

実は彼は青年会への協力に当初は躊躇していたが、改革派の政治的
傀儡としてではなく、長年自分を荒若に据え置いてきた鶴屋への
報復という彼自身の目的のために青年会に協力することを選択する。

表層的には、島の政治をめぐって、保守派(鶴屋老人)と改革派(青
年会)の対立が見られるが、物語の基軸は

「荒若と長老の戦い、精神世界の神格的存在である少年と、
現実世界の有力者である老人との戦い」

にある。

鶴屋は荒若が青年会の側に立ったことを知るや荒若を誹謗中傷し
あっという間に権威を失墜させてしまう。

以後、荒若は事実に反して着せられた汚名を晴らすべく鶴屋への
復讐に燃えることとなる。





この島の漁民たちは鰊漁を目当てに「日本のほとんど全国から
流れてきた他国者であり、おたがいの血は日本人として可能な
かぎり互いに遠いのだ。沖縄や朝鮮からやってきた者もいる」
という。

にもかかわらず、「かれらは同じ声、同じ顔、同じ精神をもっている」
とされるのは、荒若島の生活が「かれらの多種多様の血を一つ血統
にまとめる」からである。

一般に近代のネーションは出身地や血縁に関係なく想像的に結び
合わされることで「国民」となるとされるから、この島民はひとつ
のネーションであり、荒若島はほとんど独立国家に近いといえる。

とりわけ、鶴屋老人に顕著なのは、

「島の漁民の顔こそが真の人間の風貌であり(…)それら危険な
戦いを生き残ってきた者の決定的な逞しさが輝いて荒若アイヌを
駆逐した強い日本人の風貌が達成されている」

というように、堕落した本土に代わって自分たちこそが真の日本人
なのだとの自負すら伺える点だ。

本土の役所からの指示にも容易に従おうとしない姿勢からも
この島の独立性が感じ取れる。

鶴屋は道庁が進言する遠洋漁業を「汚い漁法」と罵倒し、
島を訪問した「宮様」をひそかに軽蔑している。

さらに観光業振興については「観光客などにこの島を開放する意志
はない(…)この島の人間は自分の住む場所を他人にめずらしがら
れて食いぶちをかせぐような屑じゃない。観光客誘致? それこそ
乞食根性というものだ、まっとうな漁師の考えることじゃない」
という。

つまり、彼は荒若島以外の日本を否定し、外部からの異質なものの
流入を排除しようとするのだ。

鶴屋が守ろうとするのは鰊漁であり、鰊漁にもとづく「漁師魂」
である。

この漁師魂は過去の多くの死者につながる島のアイデンティティ
そのものだ。

「老人はその血統の危機に立ちあがってその血統の護持のために
闘争を開始したのだ」





だが、鶴屋が島のアイデンティティの永続を信じているかといえば、
そうではない。

自らの死期が近いのを知る彼は「この島と一緒に死にたいと考えて
いる」のであり、「島のみんなを道連れにして殺してしまおうとして
いる」のだ。

滅亡の前にもう一度だけ鰊の大漁を花道としたかったのである。

その後、金の力で漁民たちを保護下に置いていた鶴屋も、青年会
から焚きつけられた漁師たちが賃金前払いを要求するに至って
両者は決裂し、ついに鶴屋の絶対的な地位も揺らぎだす。


「鶴屋長老の権威、あるいは島の長老の権威、それが動揺しはじめ
ていたのだ。荒若島の荒若信仰の根元が荒若がその権威をうしなっ
たとき、荒若島は単なる北海の一つの島にすぎなくなり、島の長老
の宗教的権威は、単なる金持の網元の勢力という、おきかえうる
ものにとってかわられていたのだ」


つまり、島のアイデンティティはすでに内部から崩壊しつつあった
のである。鶴屋は鰊漁を優先することで、荒若信仰を切り捨て、
荒若も長老の権威を否定する。

2人の対立は島のアイデンティティの分裂を体現しているのである。


つづく


★本作の初出=「文学界」1959年8月〜1960年3月号



ラベル:大江健三郎
posted by 満天 at 17:36| Comment(0) | 大江健三郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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